キラルノット超物質とは?

持続可能性に寄与するキラルノット超物質研究所(WPI-SKCM²)では、キラルノット超物質(Knotted Chiral MetaMatter)について研究しています。これを用いて、さまざまな 持続可能性(Sustainability)に貢献することが、わたしたちの目的です。

キラルノット超物質という言葉は、次の三つの言葉をつなぎ合わせたものです。

  • キラル
  • ノット
  • 超物質

以下では、これらの言葉が一体なにを意味しているのかを簡単に説明しながら、SKCM²が目指しているゴールについて紹介します。

キラルとは?

キラリティ(またはカイラリティ、Chirality、掌性)とは、「ある形を鏡に映したとき、元の形と異なるものになる」という性質です。

キラリティがあることを、キラル(またはカイラル)といいます。

たとえば、私たちの両手は鏡に映したような関係にありますが、手のひらを合わせて、同時に手の甲も合わせるように重ね合わせることはできません。つまり、手の形はキラルであるといえます。

キラルな構造・現象は、化学や生物学、そして物理学の研究にもあらわれます。

ワインなどに含まれる酒石酸の結晶は左手型、右手型それぞれで透過する光の性質が異なります。また、アミノ酸にも左右がありますが、なぜか自然界のタンパク質にはほとんど左手型のアミノ酸しか現れないという大きな謎があります。

螺旋もキラリティをもつ形状の典型的な例です。小さな磁石(スピン)が螺旋状にならんだカイラル磁性体は、スピンを電子機器などに応用するスピントロニクスという分野などで注目されています。

さらに、素粒子の相互作用の1つである弱い相互作用は、パリティ対称性(空間三次元に対する反転対称性)をもたないことが知られており、これもキラリティの一種といえます。また、別の相互作用である強い相互作用の理論には、素粒子の右手型と左手型を入れ替えても変わらないカイラル対称性という性質があらわれます。

このようにキラリティは幅広い自然科学の領域にあらわれる普遍的なテーマなのです。

ノット(結び目)とは?

ノット(knot)=結び目とは、ひもを結んだときにできる形のことです。結び目を数学的に研究する分野を結び目理論といいます。

結び目理論では、ひもを曲げたり伸ばしたりして、ある結び目が別の結び目と同じものかどうかを考えます。ただし、この変形ではひもを切ったり割いたり、あるいはひもの本数を増やしたりすることを禁止しています。この変形を連続変形とよびます。

連続変形で変わらない性質を調べる幾何学の分野をトポロジー位相幾何学とよびます。結び目理論はトポロジーの一分野です。

連続変形をゆるすと、単にひもを結んだだけでは、どんな結び目も一本のひもに戻せてしまいます。そこで、結んだひもの両端をつないで1つのループにします。これが結び目理論で考える結び目です。

結び目理論では、2つの結び目が連続変形で一致するとき、同じ結び目と考えます。結び目が同じであると示すことは簡単な場合もありますが、逆に、結び目が異なることを厳密に示すのはとても難しい問題です。なぜなら、連続変形によって結び目の形をいくらでも変えられるからです。ここに結び目理論の面白さがあります。

結び目理論は「結ばれているとはどういうことか?」という素朴ながらも深遠な問いを考える糸口を与えてくれます。その結果、結び目理論は、絡み合った分子やタンパク質、DNAの構造、液晶分子の複雑な配列、さらには氷の結合をあらわす模型の厳密解といった様々な科学分野と関連します。

超物質(メタマター、メタマテリアル)とは?

メタマター、あるいはメタマテリアル(Metamaterial)とは、自然界に存在する通常の物質を超えた機能や性質を示す物質・材料のことです。

たとえば、入射した光が入って来たのと同じ側に屈折する「負の屈折率」をもつ物質や、物体を上から押したとき、横方向につぶれずにむしろ全体が縮む「負のポアソン比」といった性質をもつ物質(Auxetics)などは、メタマテリアルの例です。物質・材料が特殊な構造をもつことで、そうした性質が実現されます。

メタマテリアルの共通点として特殊な構造をもつ構成単位からなるという特徴があります。

光の波長よりも細かなリング構造のパターンによって透磁率を変化させ、負の屈折率を実現するスプリットリング共振器や、一方向に伸ばす/縮めるだけで全体が展開する/折りたたまれるミウラ折りなど、ナノサイズから目に見えるものまで大きさは様々ですが、特殊な削りや折り目などの構造・パターンが集まることで自然には現れないような性質を示します

このほかにも、音波に対して特殊なふるまいをする音響メタマテリアルなどもあります。さまざまな領域で、特殊なパターンからなるメタマター、メタマテリアルが発展しています。

キラルノット超物質とは?

「キラルノット超物質」とはなんでしょうか?

キラリティ、ノット(結び目)、超物質の三つに共通しているのは、どれもその形が非常に重要な意味をもっているという点です。すこしおさらいしましょう。キラリティとは鏡写しの形がもとと異なるという性質のことでした。結び目理論とは、結ばれたひもの形の分類に関する数学の理論のことでした。超物質とは、特殊な形のパターンによって自然にはない性質をもつ物質のことでした。

「キラルノット超物質」とは、これらの概念を組み合わせることで生まれる新しい形、パターン、現象、物質・素材に関する研究領域のことです。

わたしたちはこの新しいアイデアを開拓しようとしています。「キラルノット超物質」によって、自然界を超えた特殊な性質をもった物質・素材を作り出し、世界的な課題である持続可能性に寄与すること。これがわたしたちの研究所が目指しているゴールです。

「キラルノット超物質」はまったく新しい研究のパラダイムです。それゆえ社会実装に向けた応用研究に加えて、基盤となる基礎研究も重要になります。わたしたちの研究所では、数学・物理学・化学・生物学など幅広い領域の研究者を集めることで、この研究パラダイムを確立しようと日々努力しています。

何に役立つ?

テレビやパソコンのディスプレイなどでおなじみの液晶とは、微小な棒状の分子(液晶分子)で構成された、液体と固体(結晶)両方の性質をもつ物質のことです。たとえば、ある種類の液晶では分子の向きは一つの方向にそろって秩序だっていますが、その位置はバラバラです。液晶分子の向きの秩序が乱れる点や領域を位相欠陥(トポロジカル・ソリトン)と呼びます。螺旋状の構造をもつキラル液晶の内部には、ヘリノットン(heliknoton)と呼ばれる、ノット(結び目)の形をした位相欠陥があらわれます。ヘリノットン同士は集まって自発的に結晶を作りますが、その一種である三斜晶系の結晶構造(の単位格子)はSKCM²のロゴにもなっています。ヘリノットン結晶は、電気を流すとヘリノットン同士が変化して結晶構造が変わる性質(電気歪(ひずみ)特性)をもっており、その変化の仕方は結晶の方向によって異なります。この性質などからヘリノットンはデバイス等への応用が期待されています。

カテナン(catenane)とは、リング状の分子を組み合わせて鎖状にしたもののことです。カテナンは、共有結合やイオン結合ではなく、分子が機械的に絡み合うことで結合するトポロジカル結合(機械的結合)によって結合しています。トポロジカル結合によって支えられた分子は形状を柔軟に変えることができるという特徴があります。カテナンを3次元的に配列させることで得られる結晶は、微細なすきま(細孔)が無数に存在しており、スポンジのような構造をしています(多孔性)。さらに、トポロジカル結合のおかげで、力を加えると簡単に変形し、力を除くと元の形を回復するというゴムのような性質を示します。そのため、結晶をつまんだり離したりすることで、内部の細孔に取り込んだ気体分子などを放出したり。再び取り込んだりするような新素材への応用が考えられます。二酸化炭素の吸着・放出や液体の新たな精製法を実現することで、カテナン結晶はさまざまな持続可能性に寄与すると期待されています。

アルツハイマー病(AD)は、アミロイド・ベータ (Aβという42個のアミノ酸からなる小さなタンパク質が、脳内で繊維状に凝集することが原因となり発症し、認知症につながると考えられています。ADの治療には,Aβ繊維を溶かして体内から排除する役割をになう抗体という免疫タンパク質が使われます。しかし、Aβ繊維は体の中で様々な形を取るために、開発された抗体が全てのAβの繊維構造に応答するのは難しいのではないかと考えられます。私たちは、トポロジー(位相幾何学)を使うことで、Aβ繊維上のトポロジカルに特徴的な部位が、抗体が認識する部位とよく一致することを見いだしています。これを応用すれば、分析が困難な体の中にある実際のAβ繊維の抗体認識部位を特定することで、Aβ繊維の多様な構造に関わらず高い治療効果を示す抗体の探索が可能となり、アルツハイマー病治療薬の開発に貢献できると期待しています。基礎数学であるトポロジーをもとに医療に貢献し、高齢化社会における持続可能性の向上を目指しています。

さらに学びたい人へ(参考文献)

ヘリノットンに関して

  • Jung-Shen B. Tai, Ivan I. Smalyukh, Three-dimensional crystals of adaptive knots. Science365, 1449-1453(2019), DOI:10.1126/science.aay1638.

カテナン結晶に関して

神経変性疾患原因タンパク質のトポロジカル解析に関して

  • Sugiyama, M., Kosik, K.S. & Panagiotou, E. Mathematical topology and geometry-basedclassification of tauopathies. Sci Rep 14, 7560 (2024).
  • Sugiyama, M., Kosik, K.S. & Panagiotou, E. Geometry based prediction of tau protein sites and motifs associated with misfolding and aggregation. Sci Rep 15, 10283 (2025).

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